オフセットアームからオフセットをとり除く「MITCHAKU-O」


 

誰も聴いたことがない「トラッキングエラー歪」の音。「トラックングエラー歪」というアナログオーディオ最大の都市伝説

FIDELIX MITCHAKU-O (オフセット解消ヘッドシェル)

 
長らく常識として信じられてきたことが、実は間違いだとして覆ってしまうことが時々あります。たとえば、長距離走で水を飲んではいけないとか、傷は消毒して乾燥させるのがいいとか。最近では22時から午前2時までの睡眠中に成長ホルモンが出る「睡眠のゴールデンタイム」なんていうのもありました。
走っている途中に水を補給しないと逆に身体に悪影響があるには今や常識だし、傷は体液でジュクジュクさせておくほうが治りも早く傷跡も残りにくいし、成長ホルモンは床に入る時間は関係なく寝ついて4時間ぐらいの時間に出るそうだ。たまたま人間の身体についての例をあげてみましたが、人の身体のように複雑な要素を含んだアナログなところで、こうした常識の間違いが生まれやすいように思います。
 
アナログレコード再生で常識とされていることに 「トラッキンエラー歪による再生音への悪影響」というのがあります。レコード盤の音溝をカートリッジの針がトレースするときに、溝に対して針が直角にトレースできない外周と内周部分にトラッキングエラーが発生します。このトラッキングエラー角度を最小にするために発明された「オフセットアーム」。アームパイプをJ字型やS字型に曲げ、オフセットアングルをつくりだし、針をターンテーブルのセンターからオーバーハングさせることで、外周と内周のエラー角度を最小限に抑えるというもので、80年ほど前の技術。トラッキングエラーがゼロになるリニアトラッキンアームや、最近ではおそろしく高精度のメカを使ったトラッキンエラーレスのアームが発売されています。
さて、ここから 「トラッキングエラー歪という都市伝説」に踏み込みます。トラッキングエラーが悪さをする音とはどんなものなのか。レコードプレーヤーを持っている方にやってほしい実験があります。わざとトラッキングエラー角度を大きくしてレコードを聴いてみるのです。カートリッジシェルに取りつけてあるカートリッジのネジを緩め、時計と逆周りに少し回してわざとエラー角度を強くしてレコード最外周の一曲目を試聴してみてください。何かとんでもない音の歪みやノイズを再生音から感じられるでしょうか? 私の実験結果は後述するとして、ちょっと長くなりますが、もう少し「トラッキンエラー」について踏み込んでいきます。
 
ここ数年のアナログレコードブームで、オーディオメーカー各社からレコードプレーヤーの新製品が発売されています。魅力的な製品たちの中で特筆すべきなのは、YAMAHAから発売された 「GT-5000」ではないかと思います。その理由は、 GT-5000のベースモデルである GT-2000Xに採用されていたダイレクトドライブを捨て、敢えてベルトドライブにしたこと。そして GT-2000には YA-39というS字アーム、上位機種 GT-2000Xには YSA-1というシェル部分がオフセットされたストレートアームが採用されていましたが、 GT-5000では「ピュアストレートアーム」にしたことです。コマーシャル的にはダイレクトドライブだと思うし、ピュアストレートアームはレコードプレーヤー全体から見るとマイナーな存在です。
 
そこに、より音の良いものを世に出したいという「覚悟」のようなものを感じるのです。
GT-5000のベースモデル GT-2000シリーズには、当時オプションとして発売されていたトーンアームがあります。 YSA-2ピュアストレートアームです。 GT-2000という評価の高かったレコードプレーヤーになぜ、トラッキングエラーが大きいピュアストレートアームをオプションでつくったのか。良くできたピュアストレートアームのほうが、トラッキングエラーが小さいオフセットアームより「音が良かったから」なのではないでしょうか。
「vinylengine」という、アナログオーディオの膨大なデータベースを検索できるサイトから、 YAMAHA YSA-2 に添付されていた取扱説明書の「技術解説」をダウンロードしました。これを読むと、新製品 GT-5000にピュアストレートトーンアームを導入した「理由」が想起されます。
 
 
ここから技術解説の内容です。1ページ目、YSA-2の開発意図。
 
■開発意図
●トーンアームの音質を決定する要素はたくさんあり、多くの場合あちら立てればこちら立たずといった拮抗関係にあります。従ってアームの完成度はそれらの諸要素をいかにバランスよく組み上げるかという点で決まります。ピュアストレートアームYSA-2の場合、トラッキングエラーに問題はあるが、アームの剛性を高めるということが音質を決定する重要なポイントではないか?という予測のもとに数々の素材と構造を検討し、既成理論にとらわれずに試作と試聴を念入りに行ない、理屈ぬきにアナログディスクの奥深い魅力を楽しんで頂けるトーンアーム創りということにポイントをしぼって開発が進められました。
 
 

そして5ページ~6ページ目で、 YSA-2が外周と内周で約10°のトラッキングエラーを発生することを開示。
 
トラッキンアングルが10°ズレると、
A) L-Rch 間に時間ズレが生じる。
B)トラッキングエラー歪が発生する。
 
という問題が発生するが、これが本当に問題なのかについて7ページ~8ページ目でさらに考察しています。
そして9ページ目「ピュアストレートトーンアームの問題点と実測データ」で結論を表記しています。
実測データ(図16)を添え、

a) L-Rch 間のタイムラグも、最も時間ズレが大きくなる内周部でさえ、
Te= 7μsec
これは、 左右スピーカーを前後にたった2.1mmずらしたことと同じ ことになります。
⨍90°=35.7kHz
位相ズレが影響の出てくる周波数です。
はるかに可聴周波数帯域を超えています
b) トラッキングエラー歪については、実測データよりYSA-2では、トラッキングエラーが10°も発生しているはずの外周で、トラッキングエラーを小さくおさえたYSA-1と、ほとんど同じレベルの歪しか発生してないことがわかります。
以上のデータなどから、問題点として考えられていたトラッキングエラーも、YSA-2では、大した問題となっていなかったことを示しています。(ここまで技術解説より)
 
 
つまり、 トラッキンエラー歪による再生音への影響はほとんどないというのです。
前述した方法で、トラッキングエラー角度をわざと増やしてレコードを試聴してみても、私のシステムではまったく歪の影響は感知できません。
冒頭に述べた 間違った常識が発生しているのです。 トラッキングエラーの音を誰も聴いたことがないのに「設計上歪み率がでてくるので、音に悪影響があるに違いない」という間違った常識がずっと信じられているのです。
 
それどころか、オフセットアーム(カートリッジでオフセットをつくるストレートアームも含む)は、アーム支点とカートリッジカンチレバーの根元と針先が直線状に並ばないため、いわゆる「インサイドフォース」が起こります。このインサイドフォースはレコードの音溝の大小によって常に変化するため、音に大きな悪影響を及ぼします。アームについているインサイドフォースキャンセラーはキャンセルする力が一定なので、音溝の信号の大小によりインサイドフォースが変化することで起こる、カンチレバーの無駄な揺れを完全に解消することはできません。ピュアストレートアームでは、アーム支点とカートリッジカンチレバーの根元と針先が一直線になるためサイドフォースは発生しない。この理屈についてはオーディオメーカー 「FIDELIX」のサイト内 「トーンアームとターンテーブル2(曲がったアームの動作)」に、たいへん分かりやすく説明されているので一読をオススメします。
現用のレコードプレーヤー Tien Audio TT3にはカーボン製の純正ストレートアームがついていますが、以前から使用している IKEDA IT-407TT3で継続使用するために、デュポンコーリアン製のアームベースを特注して TT3に取りつけて使用しています。 IT-407は J字型のオフセットアームですが、このアームのオフセットをなくすために導入したのが、このページのテーマである FIDELIXのカートリッジシェル MITHAKU-Oです。このカートリッジシェルは「MITHAKU」という製品名で、ユニバーサルアームに密着接続できるところからこのネーミングになったアイディア製品です。このシェルにオフセットを解消する角度をつけたものが MITHAKU-Oです。 IT-407はロングアームなのでアーム支点が遠くなり微妙にオフセットが残ります。そのためカートリッジを時計と逆回りに少し回して、アーム支点とカートリッジカンチレバーの根元と針先が一直線になるようにセッティングしてあります。(指掛けの下の黒い部品はMITHAKU-Oに含まれません)
 
オフセットアームでは15ミリ前後のオーバーハングをとることで、レコード溝の外周から内周までのトラッキングエラー角度を最小にすることができますが、ピュアストレートアームでは逆にアンダーハングにしないとトラッキングエラー角度を減らすことができません。 MITHAKU-Oを使うことで IT-407アームが擬似ピュアストレートアームになるわけですが、 IT-407アームを約33ミリほどアンダーハングにすることで、ターンテーブルのセンタースピンドルから約10センチぐらいのレコード溝でエラー角度が0° になります。
 
MITHAKU-Oはセラミック製で、音質的にどうなの?という疑問もあります。ほかの材質でつくってみるのもありかと思います。

 
IT-407アームのインサイドフォースキャンセラーは不要になりますので取り外してあります。 MITHAKU-Oシェルによりアーム支点とカートリッジカンチレバーの根元と針先が直線状になったことによる効果は大きく、アームパイプにガタつきなく締め付けられる機能も相まって、素晴らしく見晴らしの良い音が再生されます。
あくまでも MITHAKU-Oシェルによる疑似ピュアストレートですので、本当のピュアストレートアームの音ではないかもしれませんが、 トラッキングエラー歪という都市伝説の呪縛から開放されたのは確かです。
 
MITHAKU-Oシェルを使用するには、アーム位置を後退させてアンダーハングにできるレコードプレーヤーである必要があります。もちろん通常のMITHAKUシェルでしたら、普通のオフセットアームに取りつけられますから、アームへのコネクトがリジットになる効果を味わえるかもしれません。
 
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